COLUMN

2019-10-25 02:43:00
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先日、バレエダンサー 熊川哲也の自伝著書「完璧という領域」を読んだのですが、
すごく感じるモノがありました。
まさに完璧を追い求め続ける人にしか抱けない感情と、見えない景色がそこにあるなと。


体の柔らかさはもちろんのこと、体が完璧に左右対称であることや、
手足の長さ、バネや重心など、生まれながらの才を持ち合わせていなければ
どんなに努力を重ねようと絶対にトップに上り詰める事は不可能という残酷なバレエの世界において
常に一線を走り続けてきた熊川哲也。

まさに天才である彼の幼少期のバレエ人生から、
世界3大バレエ団の一つであるロイヤル・バレエ団でプリンシパルへと上り詰めたロンドン時代、
そして独立後、日本で自身のKバレエカンパニーを設立してからのストーリー。
全ての場面において「完璧」を追い求め続ける彼の姿勢とバレエ人生そのものに感動に値するものがありました。

なかでもKバレエカンパニー設立後、舞台上で彼の身に降りかかった大きな怪我とその後の場面。
圧倒的な才能が一瞬にして奪われたかのような、そんな絶望感を抱く彼が、
かつて聴力を失ってもなお譜面と向き合い続け、数々の名曲を後世に残した偉大な作曲家である、
ベートヴェンと自身を重ね合わせながら行った振り付け作業。
第九交響曲のオリジナルの楽譜を手に入れ、ベートーヴェンがその譜面に
どんな感情で一音一音を並べていったのか。
追求し、深い思考で解明しながら、その一音一音に振り付けを当てていった。
果てしないその作業と深い理解の中で彼は、ベートーヴェンに「会えた」のです。
同じ時代を生きているはずのない偉人に。

常人離れの卓越したスキルで人々を魅了し、
何不自由なく踊れていた頃にはおそらく抱けなかったであろう感性を
奇しくもこの怪我によって彼は手に入れることができたのです。
すごく高貴な話だと思いませんか。


ロバート・ヘンライの著書「アートスピリット」にも確か同じような事が書いてあったのを記憶しています。

幾多の一筆一筆の重なりで完成する一枚の絵画を見て、画家の心に浮かんだ事が伝わってくる。
描かれたたった一本の線から何かメッセージを受け取ることもあるのかもしれない。
画家がそこにいなくても、まるで対峙しているかのような感覚になることさえ出来るのです。

画家の一筆、音楽家の一音、バレエダンサーの一挙手一投足。
真の芸術は表面ではなく人の内面のずっと深いところに届くのです。

こういったバレエや絵画など、俗にハイカルチャーと呼ばれる高貴な芸術から美を感じ取る想像力。
それがあればあらゆるものから感動を得ることができるようになると思うんです。

ファッションもきっと同じ。
考え抜かれた末に生み出された、ただ一つの「色」にだって感動があるし、
表面的なデザインだけじゃなく、テクスチャーに、またその奥の思想に。
一枚のカシミアセーターを見つめて、
代々受け継がれてきた遊牧民の手塩にかけて育てた山羊から紡ぎ出す
15ミクロンのたった一本のカシミア繊維に感動する事だってできる。

そしたらきっと、昨今量産されている安価なカシミアニットなんて選択肢にも上がらないはず。

本質を見極める目と無限の想像力。
これがあればきっと人生は豊かになる。

 


モノが美しいのではない。
人が美しいと思えば全ては美しい。 
  
ー ロバート・ヘンライ ー

 


そう。     美は私たちの中にあるのだと、最近ようやく気付きました。