COLUMN

2018-06-11 17:26:00

LEICA良いです。

にわかカメラ好きが言うのもなんですが、本当に良いです。
写真好きな人にもカメラ好きな人にも満足できるモノですよね。
コレは所有した人にしか理解できない満足感なのかも。
アンリ・カルティエ=ブレッソンやロバートフランク、ウィリアム・エグルストン、ソールライター、他にも多くの有名な写真家たちに愛用されてきた「Leica」。
その人たちはライカのファインダー越しにどういう想いを切り取ってきたんだろう。。。なんてカッコつけたりもできます。笑
まぁそれは冗談としても、Leicaには何か特別なモノを感じます。
物理的に一流の精密機械を手に入れられる喜びと、「Leica」を〈所有する〉という事の喜びがある訳です。
何気ない日常もライカのファインダーを通せばなんだか特別。
結局自己満の世界だと思うんです。
究極、他人がどういう風に思おうと自分が良い写真だと思えばそれは紛れもない良い写真だと思うし。
依頼されて写真を撮る仕事をしている人はまた話は変わってくると思うけど、アート的な考えで写真を撮るのであればそこはもう自己表現の世界。
そういうアート的なポジションで写真を考えている人たちにはLeicaを使用する意味が理解できるんじゃないでしょうか。
自分はカメラオタクではないし、初めはどちらかというとファッション的にライカに興味を持ったので、
レンズによっての描写とかボケとか、細かいところまではハッキリ言って理解していません。
絞りやシャッター速度、ISO感度、なんですかそれ。。。
っていうのはウソだけど、そういうのは一番重要な事ではないのかも。


先日、ソールライターのドキュメンタリー映画を見て、最後の最後に「美の追求」って言葉を言っていたんです。
この「美の追求」っていう言葉、深いですね。
好きなフォトグラファーの一人「ビル・カニンガム」、今は亡くなってしまいましたが、この人も自分のドキュメンタリー映画の中で同じ言葉を言っていました。
「美を追い求めるモノは、必ずや美を見出す」と。
ここでいう美というのはいろんな事柄への美を指していると感じます。
本当に深い言葉なので、ここで文章に表現するのはナンセンス。
映画見てください。
脱線しましたが、
結局Leicaを推すのは、Leicaを使う事でしか得られない感性があるという事。
ただプライスが高いだけの精密機械ではないという事です。

自分が所有しているのはLeica M240というデジタルのM型機種に1950年代製造ズミクロンの初期型を装着。
単純にモノとしてカッコ良い。
ボディーは真鍮製でその上からブラックペイントを施してあるので、永く使うとペイントが剥げて真鍮の地金が見えてくる。
真鍮なんで今のデジカメみたいに軽っかるじゃなくて鉄の塊みたく重い。
とにかく存在感がビューティフォー。

いろんな分野で、妥協のない美しいものに触れていきたい。
そして美しいものを美しいと理解できるよう自分を教育していきたいものです。


それでは、また。